【第2話】好きな事だけして生きていたバブリーな東京生活。

こんにちは、ケロリーマン石井です。

夢だけがあって何も怖いものはなかった

高校を卒業後、大学進学に失敗した私は東京に出てきて結局、デザインの専門学校に入学しました。そこではアルバイトもする事なく、親の仕送りを頼りに好きなデザインやイラストを描く毎日を過ごしていました。

今考えるともっと遊んでいれば、お金も必要になったので自ら進んでアルバイトをしたりして金銭感覚も鍛えられたかと思っています。

サラリーマンデザイナーとして就職する

そんな天国のようなお気軽な学生生活も終わり、就職をしなければなりませんが、当時の日本はバブル景気で特にデザイン広告業界は、毎日のように新聞に求人が載っていたので、すんなりと小さなデザイン会社に就職する事ができました。

私のサラリーマンデザイナー時代の始まりであります。

広告業界というと当時もブラック会社が存在していて、徹夜が常識という感じでしたが私が幾つか転職した会社は、どれもホワイトで会社の先輩もみな良い人ばかりでラッキーでした。

その当時、会社の先輩からこう言われたのを今でもよく覚えています。

「お前は、若いのに覇気がないなぁ。俺の若い頃は、もっとギラギラしてたけどなぁ」と。

ズバリ、これといった野心や目標もなくただ好きなデザインの道に入ってきた凡々の私を見たその人はそんな風に感じたんでしょうね。

 

会社を転職するのが癖になってしまう

確かに社会人になったら親の仕送りは無しで自立していましたが、相変わらずお金には無頓着で、会社を幾つも転職してばかりいました。

しかし、そんな私でも生涯のパートナーとなる今のカミさんに出会えたのは感謝しています。同じデザイン会社の後輩でしたが、私と違って金銭感覚もキチンとした現実派の性格だったので良かったと思います。これが私と同じような「夢ばかり見ている少女」で浪費癖があったのならば最悪でしたからね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です